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からすババと今日のおかず
いつの日からか、みんな「からすババ」のことを「からすババ」とよんでいる

「わぁ〜、からすババだっ!」
今日はインドのアパートに不意のからすババの登場に騒然…となったのであります。からすババと言えば、インド・プーナでも、かつてよく話題を振り撒いた人物でもあるのです。何を隠そう、彼こそはインドでポリバケツでお風呂に入るのを最初にやった人間なのです(それにならって我輩もポリバケツを購入。以来、毎日お風呂に入れるようになりました。インドでは、庶民にはお風呂に入る習慣というものがありません。だから、日本人にはちょっときつい。お風呂に入らないと疲れが取れません。だから、画期的な入浴方に開発者に感謝しております。→インドでの入浴方法についてはこちらをクリック!)
からすババはいまは奄美に住んでいて、シマからサトイモと日本米を持っての登場(サトイモは実はどうもインドで、近所の八百屋で買ってきたらしい。インドでもサトイモはあるのだ!でも、日本米は正真正銘、長細いパサパサしたインドの米としがって、丸っこくて美しい米でした。)
で、さっそく、僕の家の台所で料理を始めた。今日、からすババが作ったメニューは、1里芋の味噌汁、2茶碗蒸、3インド胡瓜の浅漬け、4おあげと大根卸し(まず豆腐をあげて、おあげにして、そこに大根卸しでいただきます。)4.オイスター・マッシュルームとブロッコリーの野菜炒め

←からすババによって皮をむかれたインド産の里芋。からすババは、奄美から持ってきたといったが、絶対にウソッ!だ…でもやっぱり、そうかもしれない。からすババならそんなこともするかもしれない…でもなぁ、さっき、近くの八百屋で里芋を見かけたがなぁ、やっぱりインドの里芋に違いない。だからっ、これはインドの里芋が皮をひんめくられた姿です。

←豆腐をあげています。インドの豆腐は固くて、まるで、チーズのように硬い。生でいただくにはちょっと歯ごたえがよすぎるのですが、これをオアゲさんにすると、ちょうどいい具合。これが大根卸しにとてもあいます。大根ももちろんこちらにある。皮を向いて下ろします。

はい、できあがり!こんなメニューは最高最高。インドでは奇跡です。まさに究極のメニューです(日本で日本食を毎日たらふく食べている人にはこの気持ち、わからないでしょうが…)それではいただきます。からすババに感謝して…。




たらふく食べて、お腹がいっぱい…すると、からすババが突然、身の上話しをはじめた

俺はね、奄美大島に住んでいるんだ。奄美はいいぞ、一度はおいで。神の島だ。とても神聖な場所だ。柔らかい人々に、美しい森と海。こんな場所が、この世にあったなんて、最初に奄美に着いたときには信じられんかった。ちょっと訪れるだけのつもりが、ついつい2年もたってしまった。別に知り合いも頼る人も誰もいなかったが、奄美は不思議な島なんだ。着いたときには友達はいなくてもな、一度口をきいた人間とは、もう友達になってしまう。次にあったら、向こうから声をかけてくる。奄美の人間は人なつこっくて美しい。こんなことは都会では考えられなかった。道で口をきいた、ただそれだけのきっかけで、理由で友人になるなんてことはね…。
だから、俺は、こんな奄美にほれてしまったのだ。以来、2年間住みつづけているんだが、

奄美のよいところ

・ゴミも、生ゴミは窓からポィ…。すると猫や鶏かねずみが喜んで、始末してくれる。ゴミの量も大分すくない。
・島の人は、川の水を引いて、それを飲んでいる。だから、シマの水はとっても美味しい。ミネラル・ウィーターがフリーで毎日たくさん飲める。
・祭りがとても多い。なにかといえば、それを口実にすぐに祭りになって、みんなでワイワイガヤガヤ、島唄を歌いながら飲みまくる。ここでは、みんな明日のことなど何ら気にしていない。夕方になると浜辺に人が集まってきて、夕日を眺めながら、そこらじゅうで飲み会をやっている。男も女も楽しそうにしている。浜辺で子どももはしゃぎまわっているし、おじいちゃんおばあちゃんも嬉しそうだ。一家総出で浜辺で楽しいひとときを過ごす。
だから、よそ者?のはずの俺がそこに入っていっても、まったく初対面の人たちだったとしても、何の抵抗もなく入っていける。西表にも住んだことがあるし、沖縄も住んだことがあるが、やはり島の排他性があるが、ここは違っていた。
沖縄にいたときも、西表にいたときも、俺は基本的によそ者で、俺は本当に島の人間として受け入れてもらっているのか、いつも疑っていた。何かの、違いがあったんだけど、奄美ではそんなことを一度も考えた事はなかった。最初に奄美に入ったときから、俺はもうこの島の人間になっていた。誰でも人として受け入れてくれる、そういう寛大な島の人々に感謝している。
奄美が気に入って、それで住むところはないだろうかと思っていると…もう俺の住む場所は決まっていた!友人(一回あっただけの)がここに空き家があるからと、もうすでに俺はそこに入ることになっていた。だから、その申し出をありがたく受け入れて、奄美に住まわせてもらっている。

島の食事

毎食、苦瓜は欠かせない。苦瓜を炒めるだけ。これがじつにいい。一日、2度、メシを食うが、苦瓜の炒めものを飯にぶっかけて食ったり、苦瓜と素麺を炒めたり、こんなシンプルな飯さ。だから、人間がシンプルになってしまってな…。苦瓜さえあれば満足だ。苦瓜は島でいくらでも育つ。だから、簡単に手にはいるんだ。

風呂について

風呂はなぁ、ドラム缶だ。別に一日、他にすることもないし、歩いては薪をひろってきて、それでドラム缶の風呂。月が綺麗よ。川のセセラギがさらさらと、マングースの鳴き声が「キィ〜」と聞こえて、俺は湯煙に夜空を眺めながら、なんて贅沢な生活だろう。これは毎日やっとるよ。眼下に広がる東シナ海の眺めも最高だぁ。いつも海の音が聞こえている。これが俺のあこがれの生活だった。サラリーマンをやっていたころから(実はちょっとだけ、2年しかもたんかった)、定職というものに付く事をもう諦めた。俺は社会不適合人間さ。だから、からすババになってしまった。人は、俺のことをからすババと呼ぶ。いつも黒い服を来ているせいか、それとも、死神があいつにはついていると思われているのか、髪の毛が長くて、それがカラスの尻尾のように見えるせいなのか…俺にもわからん。

俺が子どものころは、すげー目だっていて、まぁ、悪がきだった。でもいまと違うのは、俺はイジメはやらなかった。イジメはしたが、大勢イジメまくったが、でも、陰湿じゃないんだ。そういう意味でイジメはしとらん。まぁ、ガキ大将だったのさ。それから、大学までエリートコースをまっしぐら。成績はいつもトップクラス。ところがだ、大学へ行って、無事卒業して、デザイン関係の仕事に入ったが、2年でやめた。以来、俺は諸国浮浪不死。世界を又にかけて、やっとここ、奄美にたどりついたってことかな。一時は宿を都会に持ったこともあるが、そこでは決して生きているっていう実感がなかった。アルバイトを次から次へと渡り歩き、なんでもやったね。でも、都会ではお金にはなるが、決して満足感などは得る事はできなかった。まぁ、なんとか、生き長らえているだけで、何の喜びも感じることはできなかったな。このままでは、生きていても、何の意味もない。それで俺は探求の旅に出たわけだ。あるとき、インドに、答えを持っている男がいると聞いてな、それで、俺は、都会を見捨てて、インドに飛び出した。今から、10年以上もまえのこと。俺は、世にいう、悟っている人間というものをこの目で見てみたい。そう思った。それ以来、俺の人生は180度転換した。もう先のことは一切考えなくなった。自分の感覚とハートに従って生きていくようになった。すると、不思議なことがどんどんと起こり始めた。何も予定したり、計画していないのに、いろんな物事が「起こり」始める。だから、次にどんなことがやってくるのか、いったいどうなっていくのか、まったく俺にもわからない。だからいつもとてもワクワクしているんだ。おかげで、俺はこんな最高の場所、奄美にたどり着く事ができたって訳。