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2001-0314-1  
Subject:  Re: [oh-nowhere] " モデルについて"(BBS)
Date:  Wed, 14 Mar 2001 14:15:27 +0530
From:  Setu the Prem <setu@via.co.jp>
Reply-To:  oh-nowhere@egroups.co.jp
To:  oh-nowhere@egroups.co.jp
References:  <200103131347.WAA20404@raq1.aminet.or.jp>

"シャルマ" wrote:

setuのモデルとぼくのそれに食い違いがあります。
ここに、コメントとして書きましたから、具体的な論争点が明確になってくると思います。
 
タイプ1

下位三つの身体、即ちフィジカル、エーテル、アストラルです。
現代人の多くはすでに活性化されているところでしょうから、あえてここを分けること
はないと判断しました。

感覚的な生き方。
 

人間は第四身体なしではありえません。
私の言う意味では
タイプ1:はフィジカル重視の第四身体。
タイプ2:はエーテル重視の第四身体。
タイプ3:はアストラル重視の第四身体。
ということが出来ます。第四身体の下層部とでも言いましょう。
タイプ2

第四身体までは内と外の関係ですから、ここでは下位三つ+メンタル体です。

思考と感受性的な生き方。或いは分かり易く思考的生き方。

タイプ4は:統合重視の(偏重のない)第四身体。
と呼べるでしょう。第四身体上層と言ってもいいかも。
ある程度成長し、自覚した第四身体です。

私が感じるにはシャルマは
「タイプ3:アストラル重視の第四身体」だけをここに置いているように
感じます。

「タイプ1:フィジカル重視の第四身体」
「タイプ2:エーテル重視の第四身体」
は私と同様に下位においてあります。

私は「タイプ4:統合重視の(偏重のない)第四身体」だけをココに置いています。
他の三つは下位に置いています。

私が反論する理由が分かってもらえましたでしょうか?
基本的には同様のモデルですが、この意味で問題を感じます。

「ジャッジする事」は「統合(偏重のなさ)」を邪魔します。
ジャッジを抑圧するなと言う意味ではありません。
「ジャッジ」をしたらそれをしている自分の中に何がそうさせているか見なさいということです。そうして「ジャッジ」つまり「二元性」を超えてゆく訓練をします。私たちは何度も何度も、二元性のわなに落ちてゆきます。

欲しい欲しくない(必要、不要):物理的ジャッジ。
好き嫌い:エーテル(感情的)的ジャッジ。
良い悪い(高い低い。光と闇):アストラル(理性的)ジャッジ。

「ジャッジ」とは変更不可能な判断(未来に対しても使われる)を言います。
その場で、スポンテニアスに起きているのは別です。
たとえば、「シャルマはキチガイ」と判断
→「シャルマが何を言っても耳を傾けない」のようなもの。

「今、シャルマが言ったのはキチガイじみてるよ」は、ジャッジではありません。
ジャッジングとジャッジメントの違いといいましょうか。

これらの訓練は第五身体のガイドのもとに進みます。
内なるガイドでも、グルでもいいです。訓練の間、何度も何度も
「二元性を超えた世界」を見るでしょう。

和尚が「私はグルにはなれない」と言っているのは、肉体に入ったときすでにこの段階を終えていると想像させます。「悩む(サファリング?)」の意味がわからないと言っています。そうしてみようとしたが、失敗したとも言っています。今の肉体で訓練をした事がないと、グルにはなれないのかも知れません.「私はマスター(グル)のマスターだ」と言っています。多分、結晶化する一歩手前の状態で肉体に入ってきたのでは、ないでしょうか?

タイプ3

第五身体。ここが統合体になってます。

二元性、観念などは超えられましたが、未だに「個」が存在している次元です。
統合が安定した時点で、第五に入ります。
ただし、第五のサポートのもとに「統合作業中」を、私は第四としています。

シャルマは統合作業中の何度も「二元性のわな」に落ちてゆく段階もココに含めているのかもしれません。

タイプ4、タイプ5はそせぞれ、コスミック体、ニルヴァーナ体です。
ココまで、理解していただけたでしょうか?
基本的に私はシャルマのモデルを理解していると思っていますが。
シャルマは私のモデルを誤解しているように感じます。
また、私もある一点の修正をシャルマに要求しています。

まったく別に話しを続けるのは、何ですから今までのように。
「勝手にそれぞれ話を進める」
「時々お互いに突っかかる」
で良いのではないでしょうか?私はそうしているつもりですが。

また、この文章で論争点が明確になったように思います。この論争点は論争点で重要ですから、論争を続けてゆきたいと思います。

setuのモデルでも、分かり易いという人がいればそれでいいと思います。
今回のsetuの意見はとても整理されていて良かったですが、複雑化してしまって返
って話を混乱させてしまいます。
私が今になって思うには、シャルマのモデルは単純だったので、私から見ると混乱しているように思います。

「セトゥの1,2,3」は同じレベルのことです。どれもシャルマのレベル1に入ります。どれも同じレベルなのですから、インドもスイスも日本も同じレベルで、ただバランスの崩れ方が違うだけです。

ただ、シャルマは「セトゥの3」を上のレベルに置いていて、進化だの退行だの言っているように見えます。

「セトゥの4:統合中」はほとんど「シャルマの3:統合」です。
私は「シャルマの3:統合」を二つに分けて、下半分を(4:メンタル体)と呼んでいます。

「セトゥの1:統合中」はいつでも「どこかに偏重する:1,2,3」可能性があります。自分の「偏重志向」を乗り切るために、世界をアッチコッチ旅するのもいい事だと思います。ただ、「環境に左右されない」のが一番で、それをめざさなければ成長はありません。

モデルはあくまでもモデルですから納得できればいいのです。
もちろん、納得できれば。納得できないので、引っかかるわけです。上下はありますが、同じ高さのものに、上下関係を持ってくることには納得がいかないといっています。

さあ、視点が明らかになってきたので、次にどう出てくるか楽しみです。

ラブ
セトゥ