私はここインドで約1週間40℃近い高熱にうなされながらケミカルな薬物や医療に頼らずに膀胱炎、腎盂炎、腎炎を克服しました。この奮闘記はそれまでの経緯と奮闘ぶりを書き示した物です。病気を病気として扱うのか、病気をチャンスとしてありがたく迎えるのか、私はひとつの賭けをしました。くるものは拒まず、GOING WITH THE FLOW精神なのであります。


目 次
Capter1、前兆
Capter2、今思えば・・・
Capter3、身体の合図
Capter4、アーユルヴェーディックメディスン
Capter5、いざ、中国針へ・・・
Capter6、発熱!!
Capter7、病の床?
Capter8、身体はつながっている
Capter9、行動のメッセージ
Capter10、魔の1時間
Capter11、運命の日
Capter12、奇跡の雨
Capter13、雨上がりの光
Capter14、"Don't worry!"
Capter15、最終章 "キレイになることは生きる事"


" 前 兆 "


私がインドへやってきた理由の一つは、自分のエネルギーを取り戻すためだった。ここ最近の日本での私は、何をしてもやる気が起きない、むしろ"うざい"・・・そんなだるい精神で生きていました。何をしてても楽しくない、どこにいても自分の居場所ではないような気がする、いつでも息苦しくて仕方なかった。そのため朝は起きられない、この先こころから楽しいと思って取り組めることはあるのだろうかと人生を疑う、身体は重く動かない。そんな日々を重ねて行く内に私はだんだん病気がちになっていた。月に1度は病院通いでいつも何か薬を飲んでいた。そして私はここ数年で10kg近く体重が増えた。わたしは自分自身でこの現象を周りから太ったと言われながらも、かたくなに"むくんだ"と言い続けてきた。私はなぜか絶対にむくみだと確信していた。

ここにくる何ヶ月か前に、健康診断で腎臓再検査の通知を受けた。その時は生理前できっとそのせいだよ、なんて再検査なんて"自分にはありえない"とたかをくくっていた。若さゆえである。。。そして、出発1ヶ月前、会社で仕事をしていると激しい吐き気に襲われて自分でも「こんなに激しく吐いている人は見たことがない」というほど、吐きまくった。その時の汚物の色は恐ろしいほど鮮やかな黄色!!会社の上司に絶対普通じゃないから病院に行きなさいといわれて翌日病院へ。翌日には吐き気はおさまったものの、新しく右下腹部の痛みが加わっていた。騒ぐほどの痛みではないが、常にストレスを与えてくる存在感のあるやつだ。この痛みはどこからやってくるのか・・・、3件の違う病院で色々な疑いで検査をしたが1つは無意識に生きていたころ、薬で散らした盲腸が他の臓器に癒着してる可能性。2つ目は子宮系、3つ目は健康診断の結果から腎臓系の疑い。でも、結局原因不明でみんな最後は曖昧な感じでしりすぼみな対応だった。現代医療は検査で何もわからなければ痛みや患者の声には耳を貸してはくれないのだ。このままインドに行っていいのだろうか?そんなことを考えている内に何もする事が出来ず数日が過ぎ、出発前に不思議と痛みは消えていた。まぁ、必要であればインドで何かがおきるのだろう・・・。

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" 今思えば・・・ "


インドについて何かとバタバタ忙しく、気がつけば1番の目的だったボディワークのトレーニングに入っていた。密度の濃い内容で、理論を理解するのが大変。毎日頭がウニ状態でしんどかったけれど、途中で名何故だか身体が重くなってきた。その日のパートナーはKAY。クラニオセイクレルやリバランシングを長くやってる腕のよいプロのボディワーカーだ。自分の不調を伝えて始めに施術してもらった。さすがフィット感が違う!!なんて思っていたら"痛い!"なんと、忘れていた、あの下腹部の痛みが戻ってきたのだ。KAYはそれを察して、そこを中心にワークしてくれた。意識が遠のいていく。深く深くに落ちて行く感じ。あ〜どこまで落ちて行くの・・・。"やっぱり奴はまだここにいたのか・・・"。ティータイムに入ってもKAYはクラニオをしてくれた。今がチャンスだから手放してしまおうって。これもまた深い。クラニオを終えると、私の中に何か熱い物があった。身体が熱い。身体が重くて動かない。まるで身体の中に太陽が燦燦と照ってるかのようだった。こんなわけで午後は見学、家に早々に帰ったとたんに発熱。そう、今思えばあれもこの一連の腎臓系の始まりの発熱だったように思うのだ。

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" 身体の合図 "


さて、この日は前から楽しみにしていた、ムンバイーの野外パーティの日。事前準備の為、MGロードに買い物に行こうとしたその時痛みが走った。「膀胱炎になったかも」自分ですぐにわかった。私は膀胱炎が癖になっていて、今まで何度となく行く手を阻まれた事がある。でも、今まで何度もかかったわりには皆軽症で2、3回くらいしか抗生物質には頼った事がない、まして膀胱炎で病院のお世話などかかった事はない。だいたいいつも水分をたくさんとって暖かくしていれば2、3時間で治ってしまうのだ。だから今回もそんなことだろうと、またしてもたかをくくった。若さゆえである。。。私はこの時点で何回身体の合図を無視し続けたのだろう。そもそも私はどこかで知っていたはずなのである。このむくみ。疲れるとむくんで、の繰り返しで最近はむくみがとれなくなってきていた事、左下腹部に痛みのある事、再検査が必要だった事、そして膀胱炎になったこと。ほかにもたくさんの合図があったはずだ。それでも私は体の悲鳴に近い合図を無視し続けていた。だってそれでも身体は動いてくれてたから・・・。私の中でたくさんあった合図は一つになっていなかった。皆がそれぞれのことで、水面下でそれが繋がっているなんて考えもしなかったのである。

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" アーユルヴェーディック メディスン "


アーユルベーダ薬

パーティはなんとか痛みもなくしのぐことができた。でも、帰ってきてからも膀胱炎は治る兆しがなかった。

私のなかなか治らない状況をみかねて友人たちがこれぞという特効薬を教えてくれる。オーストラリア人ニラヴァのオススメは市販のアーユルヴェーディックメディスン2種。錠剤で色がなんともケミカル。本当にナチュラル!?市販の物ですから仕方ない・・・。ブルーとイエローで、彼が言うにはこれを飲めば一発でよくなるよ!とのこと。すぐ始める。もう一つはアーユルヴェーダに詳しいインド人アナンドのおすすめ、「SAFI」リキッドタイプで、私にはなんともまずい、が女性系の悩みにもいいとのことで、これもすぐ始める。これはお通じには最適。毎朝一番に飲む。おかげさまで、なんとなく症状は軽くなるが、どうももうひとつ抜けが悪い。微熱も続く。もう5日も37℃台でうろうろしている。膀胱炎はあまりに長い時間ほっておくと腎盂、腎臓に上がって行き下手すると死ぬ人も出てくると言う恐ろしい病気だ。この時点で周りの友人たちは、病院に行って抗生物質をもらった方がいいんじゃないか・・・という声が多くなってきた。でも、私はかたくなにナチュラルで治す!を通した。幸い食欲は落ちるどころか、逆に旺盛になった気がする。特に甘い物が食べたい。疲れているのだろうか・・・。

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" いざ、中国針へ・・・ "


チベタンハーブメディスン

さすがに微熱がひかない日々がこう続くと弱気になってくる。自力では難しい・・・そんな判断の元、アーユルヴェーディッククリニックか中国針という選択をせまられた。アーユルヴェーダは世界的にとても有名なワゴリアーユルヴェーダ大学の学長、日本にも年に2回こられているサルデシュムック先生(日本ではサダナンダ先生の愛称で呼ぶ人も多い)がいらっしゃるが、非常に高い。(そのころの私たちはアーユルヴェーダの治療に行くとパンチャカルマを受けることになり20万くらい楽にかかると思っていた)そこをいくとイタリアやドイツでも中国針を施すチベット医師、ドクターパサンは家から歩いて行ける近さと、まぁ高いは高いが1回500ルピー(日本円約¥1500+薬代)、しかもとても腕の良いので有名な、安心な先生だ。どのくらい期間がかかるかもわからない状態だけに、通いやすいドクターパサンから相談に行った。

初めて診断を受けた日の事は3月30日の日記を参照してもらえばリアルタイムの事が記載してある(現在閉鎖中のため閲覧できません)。パサン先生は脈診だけで、その人の根本の問題を診る。膀胱炎がなかなか治らなくて・・・と相談したところ、先生はこう・・・、膀胱炎は水をたくさん飲んで炎症を流し去れば問題ない。でも、一番の問題は私の腎臓が上手く働いていないことで、それが全ての身体の不調を作りかねない状況なのだと言う。普通西洋医学の見方では膀胱炎の炎症が問題で、その炎症が腎盂、腎臓と上がって行かないように膀胱炎の炎症を抗生物質で押さえてしまうと言う考えだ。しかし、先生は抗生物質は腎臓にさらに負担をかけることになる。炎症がたとえ一時的に治まったとしても、また膀胱炎にはなるし、腎臓が弱って行けば何が起きても回復する力がなくなって行くのだ。ということを教えてくれた。そして、腎臓が弱ると言うのは非常に感情の問題と関係がある。特に寂しさ、悲しみ、それを手放せず自分の中でネガティブな状態で抱え込んで行くのだそうだ。かなり思い当たる。私は何かがあると怒りで発散するというよりも、とても悲しい気持ちになる。その悲しみはたくさんの妄想を呼んで、ますます暗闇に自分を追い込んで行くのだ。先生は「Don't worry! 〜心配しないで〜」とにこっと笑う。心配が一番いけません。腎臓の機能を回復して行きましょう。そのためにここに来ているんだから。なんとも力強いお言葉では無いか・・・。この日はチベタンのハーブメディスンが朝、昼、夜の3種類が出た。この丸薬を口の中で噛み潰して飲むんだって。これが正露丸なみの匂いだったら死ぬ。でも、そうでもなかった。

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" 発熱!! "


パサン先生の針3日目は、まず朝に尿検査をしてくることから始まった。パサン先生は脈診は確実だけど、目に見える数値もとても大切にしているようだ。やはりクライアントの身体を預かっているわけだから、その身体がどう言う状況で、いつ何時何があっても正しい判断を出来るように把握しておくのだ。その夕方針に行って、先生に検査結果を聞く。その日は私一人で先生の話しを聞いたため、簡単な英語での説明。腎臓がやっぱり思うように働いていないね。それと淡白が少し出てる。でも、Don't worry!水をしっかり飲んで、また明日来てください。いつもの笑顔でさよならした。その日は朝から動いたせいか、身体がとてもだるい。歩いて家まで帰るのが一苦労だった。家に帰ってすぐ熱を測る。最近1時間に1度は熱を測るのが習慣になった・・・。さ、38.4℃!!!!!!どおりでだるいわけだ。今は身体が熱を出して浄化し始めているのだ。ありがたく熱を出していただこう。水分をしっかりとって汗をかいていれば熱もさがるだろう。ここで悪く考える事もできる。それでも今の私に必要なのはDon't worry!なのだ。食事も消化のいいように大根スープ。とにかくインドは乾燥している。ついつい寝込んでしまうと水が不足する。でもだるくて眠い。30分ごとにマハさんが私を起こして水を飲ませてくれる。今はとにかく炎症を流すためにできる事は水を飲むことだけだ。必死に頭に叩き込む。水を飲む、水を飲む、水を飲む・・・・・・。

念の為マハさんが先生に電話する。検査の結果はどうだったのか?腎臓はすでに感染していて炎症を起こしている。でもDon't worry!熱もそのためでしょう。Don't worry!また明日来てください。先生はどんな時でもDon't worry!なのだ。

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" 病の床? "


次の日朝一番で先生のところに行った。やっぱり熱は下がらない。先生は相変わらずDon't worry!高熱が3,4日続くのはよくあることです。また明日来てください。本当に大丈夫なのか・・・

先生のところにいるのは1時間。でも家で寝てるのは23時間だ。家での過ごし方は大きい。さすがにマハさんが熱を心配している。炎症は腎臓に上がると、下手するとショックで腎不全を起こして死んでしまう人もいるらしい。先生の言葉を信じつつ、目の前にある状況は判断を混乱させる。それでもできる事を・・・。そこで登場したのが、知る人ぞ知るこの本、東城百合子著「家庭でできる自然療法」である。この本は驚くほどあらゆる病状に対しての適切は介護法や食事法が掲載されている。また信じられないような重病でも、この本で回復した人たちがたくさんいるらしい。マハさんはこの本を調べて、生姜パスター(生ショウガをすった熱湯で絞ったタオルで蒸し湿布する)を1日2回してくれる。これはお腹と腰の両面をやるので1セッション1時間というところだろうか。これが結構きつい。お腹部分に熱い蒸しタオルを置いて、その上に何枚もタオルを重ね最後は身体全体を毛布でくるむのだ。もうたまらん!!汗が吹き出す。吹き出しては水を飲む。その繰り返しで熱を下げる。それと同時に足つぼも取り入れる、ちょうど日本から持ってきていたつぼの本で腎系を刺激。なぜかマハさんはリフレク用のスティックを持っていて、鋭角でブスっとつぼにねじこむ。温熱療法のテルミー線のスティックなども使ってリンパも流す。ありとあらゆる手法が試された。それでも一行に熱はさがらず、だんだん上がって行く一方なのだ。本当にこのまま病院にいかなくていいのか・・・そんな言葉が頭をよぎる。

そして不思議な事に目をつぶって熱にうなされていると、自分でも忘れていた過去のことが次々に走馬灯のように現れては消える。腎臓は感情と深い関係があるらしいが、小さい時に感じていた事、今では忘れてしまっているけど身体にはすり込まれている。まして腎臓は手放せず溜め込んで、どんどん本来の機能を停滞させていたのだ。私は小さい時の記憶から高校くらいまでの記憶をめったに思い出す事はない。まして中学、高校はあまり色がないような気がしている。それが何か特別な出来事が思い浮かぶわけではなく、昔住んでいた家のワンシーンだったり、洗濯物の山だったり、小学生の時流しで靴を洗っていた姿だったり、そこには感情とかの起伏はなくて、本当に現れては消えるだけなのである。でも、今の自分からするととても懐かしい事で、こんなこと普段思い出す必要もないんだけど、やけに郷愁をそそるのだ。そのことにむしろ私の感情が反応する。なんだか長い間滞っていた感情が流れ出しているんだなぁ、その事だけはかろうじてわかった気がする。

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" 身体はつながっている "


次に日、熱は39.5℃まで上がっていた。自然療法などで汗をかいても39℃までしか下がらなくなり、すぐにまた39.5℃まで戻ってしまうようになった。先生は脈診をしながら、腎臓の機能は回復に向かっているんだけどね。君の腎臓は通常の腎臓の働きの10%しか機能していないんだよ。だからそう簡単には目に見える効果を感じるのは難しいかもしれない。この手の症状は1週間熱が出続ける人もいるからね。Don't worry!もし40℃を越えるようだたら電話を下さい。

家では相変わらず水を飲むことが精一杯だったけど、おかしなことに水さえも飲めなくなってきていた。喉元まで水を含むと、喉が水を拒絶する感じがする。胃も水でもたれる感じがする。なんだか軽く吐き気も催しているような気がする。水飲みたくない・・・。それでもショウガパスターをするならのまないと汗が出ない。むしろ熱が体にたまってしまう。泣く泣く飲み込んでしょうがパスターをする。汗をかく。身体がすっと熱を手放す。・・・ん?なんだか左の横腹の中が異常に熱い。その部分だけが燃えるように熱い!マハに蚊の泣くような声でその症状を伝えると、その個所は脾臓だ!!何????今度は脾臓?あわてて「自然療法」の本を開く。それによると、脾臓は全ての臓器のリンパ腺のボス的な役割で内臓の疲れや炎症があると、それをカバーするために脾臓が腫れて炎症を起こすのだそうです。氷水でしぼったタオルかこんにゃくで冷やせ!こんにゃくはあいにくインドにはないので、とにかくタオルで冷やした冷やした。すると不思議。ものの10分、20分ですっと熱が下がって39℃に落ち着いた。

しかし、あいかわらず胃腸系の吐き気はとまらない。同じく「自然療法」載っているからしパスター&芋パスターで胃腸を刺激。粉からしと小麦粉を熱湯でといたものでます15分湿布。これが信じられないほど痛い!!けど患部に染み渡る。そのあと、里芋とショウガをすった物に小麦粉で2〜30分湿布で今度は熱を取る。この1セットで吐き気がしばしの間とまる。その隙に疲れた体を寝かせて少しだけ休養。

それにしても次々といろんなところが痛くなる。なんと、まだまだ先のはずの生理まできてしまった。身体はみんな助け合っていて、つながっているんだなぁ。



" 行動のメッセージ "


いよいよ食事も喉を通らない。食べる、飲むのあとはすぐゲップが出だす。あいかわらず吐き気がする。また、自然療法の本を読む。大根のおろし汁に5%のしょうゆに熱湯を注いだ物を飲めと書いてある。これが結構しんどい。ご丁寧にはいたらまた飲ませろ!とまで書いてある。なんて親切な本なのかと私は感嘆の声をあげるしかなかった。案の定、1杯飲んだら吐いた。また飲まされた・・・。でも、そのおかげで吐き気はそれでしばらくおさまり、発汗作用が高まり熱が下がる。なんとも有り難い本である。そして、ついでに腎臓の項目を熟読すると、なんと腎臓には2種類の傾向があるらしい。腎臓といえば塩分抜きが常識であるが、どうやらこの本の考え方では違う場合もある。1つは陽性腎、これは今までの概念である、肉食その他の動物性食品過剰、塩辛いものの取りすぎの傾向のある人。この場合、塩分はきわめて控えた方がイイとされる。もう1つは陰性腎、最近はこの方が多いらしいけど、野菜嫌いかもしくは野菜の過食、甘い物好き、果物、甘い飲み物好きな人。この場合塩分を控える事は必要だけど、抜いてはいけないらしい。もちろん甘いものは出きる限りとらないほうが良い。私の場合どう考えても陰性腎である。疲れた時やストレスが溜まった時には甘いものがどうしても欲しくなる。そして小さい時から甘いものに非常に執着があったように思う。会社に通う頃は本社勤務ということもあり、いつもどこぞからかのみやげ物や貢物が机の上に配給されている為、パソコンを叩きながら無意識に口に運んだものだ。何気ない嗜好品にはヒントがいっぱい。見逃せないな〜、自分の行動にはすべて何かメッセージや目に見えない意識が働いているんだなァ。ということで、この日から味気なかった食事に塩分の味付けが復活。少しは食が進むようになった。それと同時に今まで汗を全くかかなかった太ももあたりが汗をかくようになり、むしろちょっとしたことでびっしょりになってしまうほどになった。それにしても相変わらず熱はひかないのであった。それでも先生はDon't worry!なのだ。

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" 魔の1時間 "


39.5℃が出始めて5日目、いつものようにショウガ湿布をマハさんがしてくれる。・・・おかしい!一行に汗が出ない、熱がひかない、それどころか熱がどんどんこもり始めた。40.3℃!!!最高発熱だ!!もう神経が高ぶって自律神経が最高潮に緊張している。筋肉が発熱を許さない。熱を決して手放そうとしないのがよくわかる。神経と筋肉の緊張が正しく体温調節する機能を麻痺させている。マハさん焦る。もはや自然治癒力もここまでか・・・。先生に慌てて電話する。先生は少し困った声で、Don't worry明日の朝一番に来てください。そこで私がチェックします。最悪病院があります。一時凌ぎで抗生物質を飲むことも出きるから、Don't worry、とにかく頭をしっかり冷やして、明日来てください。とのこと。流石の先生も困ったのか・・・。まっ、まさか見放すのかぁ!?しかし、そんな時もDon't worry!この先生やはり並みではない・・・。とにかく明日の朝までは死なないように、頭が弱くならないように冷やすしかない。マハさんは近所や知り合いのところを周って出きる限りの氷を集めてきてくれた。頭をガンガンに冷やすこと30分。ふっと筋肉の緊張が手放された瞬間があった。神経の高ぶりがクーリングされてリラックスしたのだ。この数日水を飲むためと緊張であまり寝ていなかったのも筋肉の緊張に繋がっていたのだろう。その瞬間から汗がどっと出だした。あっという間に熱は39℃に落ち着いた。そして、すっと眠りに落ちた。わずか1時間強の出来事だった。

この時の心境をマハさんはこう語っている。

マハ語る

ゲロをはきながら、おえおえいいながら、バケツに向かっているsameeraさん、、、、体はカンカンに熱い。。。やけに熱いので、これはと、、、熱を測ったら40度3分!僕は、冷蔵庫に走っていった。冷凍庫のなかから、氷を引き出して、とにかく頭を冷やすようにした。実は、僕は、かつて40度前後の熱で3日ほどうなされていたことがある。

インドに来たその日、露店のジュースバーでモザンビ(スウィートライム)・ジュースというフレッシュ・ジュースを飲んで数時間後に、激しい吐き気と下痢に教われ、そのまま、天井がぐるぐる回り動けなくなった。そのとき、40度。。。三日間。脱水症状を防ぐために、とにかく水を飲みつづけ、下痢と吐き気の3日間だった、、、、そのとき、僕は別に頭を冷やしていたわけではないけど、あとで人に聞いたら、40度を超えたら、頭を冷やさないと、馬鹿になるよって言われたんだけど、もう遅かった。僕は、これ、この通り、大馬鹿ものになってしまったのだ。。。だから、せめて、sameeraさんがオバカにならないようにと必死に頭を冷やし始めた。。。すると、sameeraさんは、目をぱかっとあけて、「でもねぇ、オバカになっちゃったほうが、楽に生きれるかも。、。。。」やれやれ、40度の熱を出して、おえおえとやりながら、しかもフーフーと荒い息をしながらも、そんなことをさりげなく言うsameeraさんはたくましいねぇ…。ただ、ひとついえることは、40度もの熱が出ることは、これはとてもありがたいことなのだと思った。体力のない、元気のない、活力のない人間は、40度もの熱を出せないだろう。

なぜ、熱を出すか?それは、体が、体のシステムの中に滞った毒素を吐き出すために、細菌やばい菌マンさんの力を借りて、その毒素を溶かしている…まこと、地球にあっては、天変地異のような、大浄化なのだと思う。。。ただ、心配にかられたり、回りで十分なケアをできる体制がないときは、抗生物質などの使用もやむをえないだろう。

事実、僕はもう二日ほど、看病でろくに眠る事ができない日が続いていたので、正直、まいっていた。まいっていたのは、体。。目の周りにはクマができ、眠くてフラフラになっていたが、水を飲ませなければならない、、、膀胱炎に腎盂炎、腎炎だから、先生に水を飲ますように言われている。、。。しかも、少しでも楽になるように、毒だしがスムーズにいくように、お腹や腰の生姜湿布、足の生姜湿布を繰り返していたから(東条百合子さんの自然療法の本には、腎炎や腎盂炎、腎炎には、とにかく、まめに生姜湿布をしなさいとある)、日に何回も生姜湿布する。ふとんをたくさんかけて、汗をかかせ、とにかくコマメにシーツやら下着やらをかえさせ…その洗濯物の量たるや並の量ではなかった。。。また、玄米粥を食べさせなさい、大根汁を飲ませないさい、足をよくもんであげなさい…などなど、やることがたくさん。、。。。ううん、看病って、病人と同じくらいに大変ではある。。。

まぁ、そんなんで、かなり体がまいっていて、それで友人が解熱剤を僕に持たせてくれた。40度の熱が出たとき、それは39度5分になってから、4日めか、5日めだったと思う。思わず、その解熱剤に手がいきそうになったが、やっぱりやめた。近所には公立病院あって、そこで現代的な西洋式の治療が受けられるが、そこに救急車で担ぎ込む…ってなことも考えたが、やっぱり、全然、気乗りしなかった。だってね、僕にとって、もし、このまま、sameeraさんを病院に担ぎ込めば、彼女にも、僕にも、いま、彼女に起こっていることを病気だと認めてしまうことになるからだ。。。僕は、自分と彼女に、これは浄化だよと、とってもいいことなんだよと言い聞かせていたからね、これを抗生物質で押さえることは、一種の敗北のような気がしていたんだ。友人たちが見舞いにやってきて、なぜ、病院で抗生物質の治療を受けないのかと聞かれても、いま、針の先生の治療を受けているからと、ごまかしていたが、これは正直、僕の生き方でもあったんだ。僕はもう25年も西洋の医者にもかかったことないし、西洋の薬も飲んだことがない。なぜか好きになれないんだよ。。。病院に行って、自分の症状が「病」であることを認めるのが実に気に入らない。、。。。それで病として治療を受けて、生き延びるくらいなら、この浄化のなかでこの世を去るほうがありがたいことだと思ってきたからだ。だから、下痢でたとえ40度の熱が出ようが、ただ、水を飲んで寝ていただけ、、、、死ぬか、生き延びるかは、それはその時の定め、、、でもねぇ、こんなことをsameeraさんに強要することもできない、、、それで、僕は40度3分の彼女に聞いた。。。病院へ行きたいかい?すると、彼女は、息をぜいぜいさせながら、じっと僕のほうを見て、首を横に振った。そして、彼女は40前後の熱で一晩を明かし、次の日の夜、雨が降った。。。。その雨の話は、彼女の口から聞いてください。雨の神様が、彼女に祝福の愛を降りそそいでくれた。。。

そう、私はこの時ここまでやってきたのに、絶対今さら薬なんて飲みたくない!と思っていた。しかも40℃も出ているというのに、自分の中では、良い方に進んでいるという確信があった。そして、心のどこかで私が死ぬわけがないと思っていた。今までの人生、色んなことがあったけど、根本的にはいつもそう思っていた。わたしに限って宿命的惨事に巻き込まれる事はないという、強運を自分で感じてきていた。もちろんそれが裏目に小さく出たことはあったけど、事実紙一重で助かってきた事がたくさんある。それと同時に、いつも口癖のように言っていたのは、死ぬ時は死ぬから・・・。そう言って親をいつも呆れさせて来たものである。今回のインド滞在も、今インドは危ないんじゃないかという親の心配にも、死ぬ時はどこにいたって死ぬんだよと言い残してきたのだ。本当に死ぬ覚悟ができているのかはわからないけど、自然と出てくる言葉であった。死なないと思ってるから言える言葉でもある。でも、この時この言葉に力強さはない。むしろ高熱でイイ感じで手放してるって感じ。だからオバカになったら楽かもぉ〜なんて軽〜い感じで思ったのは事実だった。実は今健康な状態でもそう思ってはいるのだが・・・(すでに行ってしまったのかもしれない)。何はともあれ、私たちにとってあっという間の嘘のような1時間でもあり、すごい密度の濃い、究極の選択を迫られた1時間でもあったように思う。この1時間は私たちの間で語り継がれる伝説になるだろう・・・。

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" 運命の日 "


次の朝、39℃に落ち着いて、先生のところに行った。とりあえず40℃の熱は下がり山は越した。でも、先生はこう言った。必要で出ている熱だけど、コレ以上続くには体力的に問題がある、彼女も疲れているし、一旦熱だけでも下げる必要がある。もし熱が続くようなら抗生物質を取ったほうがイイ場合もある。熱が下がった状態で、また腎臓強化の治療をするということもできる。もう1日様子を見て、明日来てもらった段階で決めましょう。・・・とうとう限界なのか?私は意識だってはっきりしてるし、こうして先生のところに来てるのに!!それでも先生はクライアントにとって最善の策をとる。とにかく明日が運命の日だ。

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" 奇跡の雨 "


先生の診察を受け、家に帰る。今日はやけに蒸しているらしい。熱のある私にとってインドの暑さはちっとも感じない。相変わらず神経が高ぶっているのか、あまり寝つきがよくない。その時開け放った頭上の窓から気持ちのいい風が入ってきた。この時期インドは季節の変わり目である。今も充分暑いのだが、コレから本格的な夏に入る前のこの時期に必ず雨が降る。この雨でちょうどマンゴーが熟しておいしく収穫されて行くため、この雨はマンゴーレインというのだそうだ。なんとも風流だ。目をつぶって風に吹かれていると、草原で寝そべって風に吹かれているような気持ち良さ。あ〜なんか、この風に吹かれていれば熱も炎症も一緒に吹き飛ばしてくれるんじゃないか・・・。そんなことを考えてるとマハさんが心配して窓を閉めに来た。湿気の強い風にあまりあたると良くないよ。そうか・・・とちょっと残念に思った。しばらく、そのまま目を閉じてじっとしていた。また色んなヴィジョンが流れ始める。不思議な事に、また忘れていたようなワンシーンばかりだったが、今度はやけに幸せを感じる。愛に満ち溢れている。その時私の中に浮かんできたのは、なんだかんだ言っても私は愛されてきたなぁ〜、可愛がられてきたなァ〜という言葉だった。

大分時間がたっただろうか、外はかなり暗い。その時、大きな落雷の音!!私は、なぜか昔から雷が大好きだった。よどんだ空気が一層されるよな、一喝されるような、全てがまた一から始まるような新鮮さとワクワク感を感じるのだ。小さい時から家の中から稲妻が光るのを見るのが大好きだった。私はベットから飛び起きた。窓を大きく開いて、雨の降る合図の湿った風を感じた。私は意識的というよりも何かに動かされるようにそのことをしていた。真っ暗の部屋の中でぼーッと窓の外を眺める私は少し狂喜じみていたかも・・・。でも、その時直感的に、この雷で全てが終る・・・そんな予感を受け取って、ずっと窓の外を見つめていた。その時、隣の部屋で電話が鳴る。マハさんが電話を切るなり、洗面器を持って外に出て行った。数分後戻ってきたマハさんが言うには、長くインドに住む友人からの電話でとにかくこの雨に濡れろ!というのだそうだ。なんでも、インドでは昔からこの雨に濡れると万病が治るとされているというのだ。雨は地球上で言う浄化の役割を持っている。そのありがたい地球の恩恵を頂く事で、病の気が流されるらしい。インドでは皆が知ってることで、インド人は雨が降ると皆外に出て、びしょびしょに濡れながら喜んで踊るというのだ。だから、雨に濡れろ!それができなかったら雨水を身体に濡れ!とのこと。私は一瞬この空気の汚染されたインドの雨水なんて体に悪いんじゃないのぉ〜?なんて一瞬頭をよぎったが、これはヒンドゥの神様を信じるか信じないかのレベルのお話、郷に入ったら郷に従え。今はインドの空の下にいるのだ。インドの神様に全てを委ねる事が大切である。それを教えてくれた友人も以前その方法を試してみた事があるという。慢性的な不調があったのだが、騙されたつもりで雨に濡れたら、それ以来まったくその不調が出なくなったというのだ。そこで、39℃ある火照った身体に、冷たい雨水を塗ったのだった。その時のことをマハさんはこう語ってくれている。

マハさんが語ってくれた、その夜のこと
雨・・・

突然、電話が鳴った。電話の主は、僕の長年の親友である。彼は僕がsameeraさんの介抱をしていること、彼女が膀胱炎などで高熱を出していることを知っている。その彼が、電話を突然かけてきた。「雨だ、恵みの雨だ、、、すぐにこの雨をバケツにためるように…」「…?」「雨は、特に、この時期の雨は、万病に効くと言われている。雨にあたるのがいいが、sameeraさんは動けないから、バケツに雨をためて、それで体を拭いたらいい…」急遽、僕は大バケツをもって、アパートの屋上に上がった。雨がパラパラとふっている。時ならぬ雨、乾期の真っ最中に、ときとして雨が降る。これをインドではマンゴーレインなどと呼んでいる。この雨で、マンゴーのフルーツがよく熟し、そして、本格的なインドの灼熱の夏が始まる。ぽつりぽつりと、バケツにコップ一杯ほどたまった、見るからに酸性雨でないんかな?などと思えてしまう雨を、携えて部屋に戻ると、僕は熱でカンカンにあつくなっているsameeraさんの体を拭き始めた。そのときの体温は39度くらい。。。。雨で急に涼しくなって、彼女は体が少し楽になったと言う。それで熱も5分ほど下がった。とにかく、僕は友人が言うように、雨で彼女の体を拭いていた。それは一心に願う心に取り付かれた人間のように、あるいは、何かを祈祷する祈祷師のような、、、、よくあったでしょ、昔、祈祷師が病人の傍らにやってきて、何やらわけのわからないお祈りをしていく、、、お払いのようなもの、、、そんな感じだった。あるいは、まるで、アメリカ・インディアンのメディスンマンのような、そんな感じがした。とにかく、自分がやっていることを、ただ、自分も見ているうちに、口から、意味不明の言葉がやってきて、、、何やらしゃべり始める。。。そのとき、僕にはわかった。そこには雨の精霊、、、、雨の神様のようなもの、あるいは、なんでもよいにしても、何かがそこにやってきていた。それが僕を通じて、何やら語り掛けている。。。。。手は、ひたすら恵みの雨を浸したタオルを握り締め、彼女の体を拭いていた。。。。雨が、雨の神様が、洗い流している…そんな感じがしているのをただ、見守っていた。。。。

アロエ

その次に、僕の目についたものは、アロエヴェラだった。アロエヴェラは、日本のアロエと違い、巨大なプラントだ。そのアロエヴェラの一つ大きな葉が一枚、お店から買ってあったものが、そこにあるのに気が付いた。僕の手がそのアロエヴェラにいった。そして、そこには、アロエヴェラの精がいた。アロエヴェラの精霊が何やら僕の口を通じて、語りかけてくる。意味があるようで意味のないような会話がsameeraさんとの間で交わされる。。。。アロエヴェラはその冷却作用がとても強い。アロエヴェラのその冷却の波動が、彼女の体を包み込んでいくのが僕にはありありとわかった。。。。とまぁ、その夜、雨が降ってから、何がそこで起こったのかを口で説明するのは、とても難しい。神様、精霊、、、そんな世界のできごとだった。。。。彼女は、後に、その日の僕のことを、シャーマン+マハとして、シャーマハ(インドなだけに)だったと言う。。。

それがどんな感じだったのかは、彼女の口から直接聞いて欲しい。。。。

「寒い」と彼女が言うので、僕ははっと我に帰った見れば、彼女は雨でびしょびしょのまま、それは寒いはず、、、熱のある人をこんなに雨で冷やして大丈夫かっていうほど、寒そうにしていて、実際にその夜、また、熱が一時的に39度6分まであがったが、僕はもう、披露困憊、、、そのまま、その場で、眠ってしまった。彼女もたぶん、寝てしまったのだと思う。翌朝、はっと目が覚めて、彼女の熱は?と心配になって、彼女の体に触れてみると、、体は、もうカンカンに熱くはなかった。。。。


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" 雨上がりの光 "


久しぶりの快眠感を感じて起きてみると、朝のまぶしい光がさし込んでいた。どうやら、昨日はあのまま眠ったらしい。となりでマハさんもすやすや眠っている。昨日のシャーマハはまさにシャーマニズム!!身体を明渡していた。これは言葉では説明のしようがないのが残念だ。シャーマハは私と腎臓の仲介役をしてくれた、腎臓の気持ちと私の気付きの会話を成立たせてくれた。私は腎臓とこれからは決してメッセージを無視したりしない、注意深くいることを固く約束した。そんな安心感か、ぐっすり眠ったのはそのせいだろう。

いつもの習慣の体温計。なんだか身体のおもさが違う。なんだか軽やかな感じ、と思いながら計る。38℃だ。ここ最近の計測では38℃台は6日ぶりかもしれない。ココロなしか気持ちも軽い。暗闇に明るい光が差したようだ。やっぱり雷が私の心と身体の中にも一喝、一層をしてくれた。昨日みたヴィジョンも私のしがみ付いていた感情の浄化の終りを告げていたのかもしれない。それは、神様?、精霊?、存在?の仲介の元・・・。

運命の日となったこの日、先生のもとに朝一で行く。先生に熱が下がった事を伝える。先生はとても嬉しそうな顔で、「熱は行ったね。薬を使わずに腎臓はとてもhappyだったと思うよ。私も薬を使わないで良かったと思ってる。さぁ、これからは腎臓を強化するだけだ!さぁ、今日の治療をはじめよう!!・・・・・。」私は新しくてキラキラしているような光に向かって行くような気持ちだった。あぁ、やっと私に戻っていくんだなァ〜。その時、自分の中に何かエネルギーの種火を見つけたような気がした。

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" Don't worry! "


熱は1日に1℃ずつ順調に下がり2、3日で朝は36℃台をキープし始めた。日中や夜、少し疲れが出ると6.9℃くらいにはなるが熱はほぼ平熱になった。でも、ここからが第2段。感情のアップダウンが激しくなる。普通に会話していたと思ったら、つまらないことに怒り出したり、人につっかかっていく。自分ではそんなふうに思っていないし、普通に感情を表現しているだけだったけど、まわりから見れば、とても激しい感情だったそうだ。

私の腎臓との旅はこれから始まるのだ。今までの事はあくまでも、今までのことの浄化。大切なのは、ここまで腎臓に負担を与え続けた、感情のパターンなんだ。そのことを自分が意識的になっていくことで、初めてその感情に同一化しないで観ていく事が出きるのだと思う。私は寂しいんだなァ〜。私は苦しいんだだなぁ〜。そんなシンプルな感情に素直のyesを言えないばっかりに、屈折した表現方法をとって、もっと複雑な感情を作ってきた。その余計な荷物は全部腎臓に積み込まれ、むくみとなって体にキープされ、どこへ行くのも重荷を背負っていたんだ。自分のシンプルな感情をたまねぎにしてきたんだなぁ。たくさんたくさん、周りに理由付けや責任転嫁や防御の皮をつけて。どんどん自分すら何を感じていたのか解らなくなる。混乱する。自分がわからなくなる。私は自分の感情に耳を澄ませて、見えた、聞こえた感情にyesをいってあげるということに意識が向きつつある。感情は非常にシンプルで理由なんて無いのだ。ただそう感じているということに、yesといってあげれば、それでいいんだ。流れて行く雲を捕まえることはできないし、走り去って行く、車にしがみ付いていてっも仕方が無い。自分はそこにいて雲が流れてはまたやって来る事を観ているしかないし、走り去って行く車は走り去って行くのを観ることしかできないんだ。そうはいってもなかなか簡単にそれは出来ない。でも、そうありたいなぁ〜と思う。私は、どんな感情が流れてきても"Don't worry!"といってあげたい。

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" キレイになる事は生きる事 "


それにしても浄化はよい。熱も落ち着いて久々に友人たちに会うと、"すっきりしたねぇ〜""目がすごくきれいになった""色がしろくなったんじゃない?"などなど驚きの声。現に自分で驚いた事に、昔は私のチャームポイントとひそかに思っていたクリアな瞳が最近はどんよりにごっていた。それが熱が下がったら、白目はクリア、黒目はっきり!すごく透明感のある瞳に戻っていた。チベタンパルシングというボディワークにアイリーディングというのがあるらしいが、本当に目は口ほどにものを言う。目は心の窓と申しますがこれもまたnice!そして代謝が上がって、信じられないくらい毎日汗をかく。そのせいか、お肌の再生周期が活性化されて、お肌も白く美しく!!インドにきた時は背中に吹き出物が出ていて、見せられたものではなかった。代謝が悪くて、中の老廃物が上手く排出できていなかった。それが、今ではそれはそれは美しく!!色黒ではないのに、くすんで黒っぽく見えた手足もまぶしい白さに!(洗剤の宣伝か!?)そしてなにより、むくみがとれたぁ〜!!!!!私は出発前に一部の人に冗談で、"私はストレスむくみだから、インドにいってゆっくりしたら、むくみがとれて帰ってくるから・・・"といって出てきた。それが本当になるとは・・・。現象でいったら、Gパンがぶかぶかになった。パツパツでしゃがんだりしたら、縫い目の糸が見えるほど、ぴったりサイズのパンツが今は不自然にぶかぶか。もも周りでいったら10cmはダウンしたんじゃないか?あとは足の土踏まずがパンパンで血管が浮いて、いつもむくっとはれあがっていたのが、何もない。風船がしぼんだかのようにすっきりしている。体重的に言ったら、行く前にしっかり計ってないが、5〜7kgはダウンしている。もちろん、奮闘中は食事もあまり進んでいないので、これから多少のリバウンドはあるかもしれないが、この減り方は著しい。本当に私って、すごい荷物を身体に不必要に積み込んでたなァと改めて思うのだ。
しかしこうなると、俄然欲が出る。もっとやせた〜い!!今毎日鏡で全身をチェックする。今まで自分でもなんでこうなってしまったのか、というくらい太って(むくんで!!)正直どうなってるのか、自分でももうどうしようも無くなっていた。昔はへそだしの服なんて着てたこともあるのにぃ〜!!(過去の栄光だが、、、)。服を選ぶのもつまらない、自分はデブだからなんて自分にジャッチをしたり、自分を否定したり、自分の存在自体を無視したり・・・。それが、こうなると、身体をもっとケアしたい、もっと内側から輝きたい!!と思う。今までの見せかけのキレイになりたい、とは違う。自分の感情や肉体との関係性や、自分トータルを意識してきれいになりたいと思うのさ。人間って色んなレベルがあるけど、全部合わせて、初めて地球に生まれた私になるんだよねぇ。トータルの自分を私がケアしなくて、愛してあげなくて誰がしてくれるの!!自分は自分の内側にいて、ハイ、肉体さんにはこうしてあげる。ハイ、感情さんはこうですよ、ハイ、マインドさんはこれで満足?ってな具合にバランスをとる。今まではほとんど感情さんにのっとられたり、マインドさんにお任せしたりがほとんどかなぁ〜?肉体は無視していたし、自分の存在ってどこにいたのって感じ。自分が中心になって(センタリングして)いろんなレベルのみなさんを客観視して、バランスとる指揮官になっていないと、私は誰?ここはどこ?になってしまうのかな?まぁ、これもマインドだけどね。何はともあれ、統合されて行く事が大切だねェ〜。

そんなわけで、気がつけば、私は何かにやる気をみせているではないか!!!!これはまさしく内側からやってきている自分のエネルギー。自分で体験して、自分で体感して、自分で気付いたことだから、誰に言われたわけでもなく、与えられたわけでもなく、教えられてすり込まれた事でもないんだ。自分をケアする事、自分を愛する事、そんなシンプルなことが、自分を奮い立たせる、内なるエネルギーだって、気付いたよ。私はこのトータル19日間の奮闘は、腎臓さんを始め、私の大切な地球探求用船である肉体さんの熱い熱いメッセージだと思っている。そしてこの奮闘記は、私から肉体さんへの熱い熱い感謝状と同時にラブレターだと思っている。そして、命の恩人でもあるドクターパサンとマハさんへの感謝も込めて・・・。

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